○音楽遍歴(マンドリンに触れる前)
・高校生の頃


 中学でギター弾いているといつの間にかそういった楽器を弾く友人と付き合う機会が増えるわけだが、高校に入る頃には、彼らの持つ楽器がフォークギターからエレキギターへ変わっていくのである。
 そしてだんだん自分が進むジャンルみたいなものができてきて、ロックへ進む奴、フォーク路線を突き進む奴、そしてクラシックやジャズ等へ分岐することになる。

 私はというと、高校に入って、音楽をもっとまじめにやりたいと思うようになって、音楽系のサークルに入ることを考えていた。そこへ声をかけてきた先輩が「ブラスバンド」の人だった。
 最初、ブラスバンド=クラシックというイメージが強く、まだ、クラシックに対し多少嫌悪感を持っていた私はあまり乗り気ではなく、他のサークルを探していた。しかし、私の高校は音楽サークルと呼べるものはブラスバンド以外、同好会的な集まりのものしかなく、活動状況もよく分からないといったもの。「まあ、いいか...」的なノリでブラスバンドの扉を開くことになるわけである。

 今にして思うと、このブラスバンドに入部したことが、私の音楽人生を決めたといっても過言では無いだろう。それまで、クラシックにほとんど無縁だった私が、そのうちクラシックを聞くようになり、同じサークルの友人から、私が今まで聞いたこと無いジャンルの音楽を紹介してもらうことになるわけだから。

 特にジャズに関しては、ブラスバンドに入ることがなかったら、今でも聴いていないかもしれない。初めてジャズを聴いたときは「なんか、みんな適当に音出してる...」としか聴こえないのではないだろうか?正直私も初めて聞いたとき「こんなの聴いていて、面白いのかな?」と思ったものである。
 ただ、紹介された手前、そしてその友人が熱く演奏のすばらしさを語るものだから、むげにするわけにもいかず、無理やり貸された音源を聴く羽目になる。
 しかし不思議なもので、何度も聴いているうちに、なんとなく耳に残るようになったり、ジャズにも聴きやすい曲とそうで無い曲があることを知り、聴きやすい曲はだんだん好きになっていった。そのうち私はその頃ブームだった「フュージョン」というジャンルに出合うことになる。

 その当時、流行っていたものというと、「カシオペア」というグループだった。もちろん、他にもいろいろと聴いたが、楽譜を購入して何度も聴いたのは、彼らと「ザ・スクエア」というグループだった。
 それに合わせてエレキギターも購入し、「さあ、野呂一生のギターテクニックを盗むぞ!」と取り組んでみたものの、むずい...手も足も出ん...(-_-;)と言う結果に終わった。
 左手が全然回らないのである。そして「俺にはエレキギターなんて無理なんだ...」と思っていた矢先、彼らの「ASAYAKE」という曲を耳にする。

 知っている人にしか分からない内容だろうが、この曲のイントロがすべて“カッティング”のみで演奏されている。そう、右手はジャカジャカとストロークをかき鳴らし、左手はタイミングよくコードを切り替えることによって、メロディーラインが浮いてくるのである。思わず「かっこいい!!」と思ってしまった私は、血と汗の努力の結果、この「ASAYAKE」のイントロフレーズをマスターしたのである。
 もちろん、イントロだけね(^_^;)ソロのフレーズに入ったら、やはり手も足も出ない...(T_T)

 こうなると面白いもので、エレキの醍醐味のひとつともいえる「ギターソロ」には目もくれず、かっこいいカッティングフレーズを模索するようになる。この頃に、ギターのコードの仕組みにも興味を持ち、「コード理論」なんて本を購入したりもした。「Cの和音はド、ミ、ソの3つの和音でできており、それぞれ、ルート(基音)、長3度、完全5度の組み合わせでできている。」なんてことが書かれている本ですね。音楽の授業の内容なんてまったく聞かないくせに、こんなものを読んでいる私って...^_^;
 もちろん、内容をすべて把握したわけではないけど、おかげでコードが書かれている譜面を渡されて、知らない(押さえた事が無い)コードが出てきても、コードネームから左手の形が作れるようになったのは、このときの勉強のおかげである。そんな中、あの「山下達郎」に出会うことになる。

 「山下達郎」は私が一番好きなミュージシャンであり、今でもコンサートがあれば欠かさず行っている。
 初めての出会いは、中学の頃だったが、その頃は聴くだけで、彼の曲を演奏して見ようなんて発想はまったくなかったが、前述した“カッティング”が非常に面白いのである。
 表には目立たないが、隠し味ともいえるフレーズの玉手箱で、彼の弾くカッティングフレーズの音を取る事が、ある意味私のエレキギター人生のすべてだったような気がする。

 こうして高校時代を振り返ると、音楽のジャンルが多様化したこと、フォークギターからエレキギターへ転身を遂げたこと。しかしエレキで弾いていた曲というのは、いわゆるサイドギターのパートで、ギターソロをマスターするにはいたらなかった。そして、一番大きな変化は、ブラスバンドに入ったことで、様々な楽器とのアンサンブル(合奏)の面白みを知ったことである。もちろん、この影響で、クラシックにも興味を持つことになる。
 この経験がなければ、大学でマンドリンクラブに入ることは無かったであろう。


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